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東京高等裁判所 昭和43年(う)438号 判決 1968年11月19日

被告人 田中武吉 外一名

主文

原判決中、被告人両名に関する部分を破棄する。

被告人田中武吉を禁錮一年に処する。

被告人大塚唯俊を禁錮一年六月に処する。

ただし被告人大塚唯俊に対しては、この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

被告人大塚唯俊から金二五、〇〇〇円を追徴する。

当審における訴訟費用中、証人関根芳市、同坂本寿四、同阿部宗一郎、同味村正市、同川田信治、同海老沼豊、同高際高徳、同坂本藤松、同大島秀治に支給した分は、被告人両名の負担とし、証人大塚源一、同五十畑重蔵、同鯉沼元蔵、同山士家勇寿に支給した分は、被告人田中武吉の負担とする。

理由

被告人両名の本件控訴の趣意は、弁護人高沢正治、妹尾修一朗連名提出の控訴趣意書(第一の(一)の金一四〇、〇〇〇円には、被告人大塚の割当の五、〇〇〇円は含まれていないし、受領していないと訂正した)、弁護人小林健治提出の控訴趣意書(第一点一の金一四〇、〇〇〇円には、被告人大塚の分五、〇〇〇円は含まれていないし、供与を受けていないと訂正したほか、一丁裏七行目に、同年とあるを昭和四二年と、一四丁表一行目および二行目に、二、〇〇〇円とあるをそれぞれ二〇、〇〇〇円と、同丁表末行から同丁裏一行目にかけて五〇〇円とあるを五、〇〇〇円、一、五〇〇円とあるを一五、〇〇〇円と、二二丁表五行目に、佐山歌三とあるを佐山歌吉と、二三丁裏七行目に、関根芳松とあるを、関根芳市と訂正し、二二丁表五行目のつぎの空欄に、原判示第四の(五)の(1) を挿入した)に、おのおの記載されたとおりであるから、これを引用する。

なお検察官は当審において、被告人田中武吉に対し、昭和四二年六月一九日付起訴状記載の公訴事実中第一の一の訴因に対する予備的訴因として、「被告人田中武吉は昭和四二年四月二八日施行の栃木県下都賀郡藤岡町長選挙に際し、立候補して当選したものであるが、自己の当選を得る目的をもつて、未だ立候補届出前である昭和四一年一一月一二日ごろ、栃木県下都賀郡藤岡町大字藤岡一、〇二二の五番地藤岡町役場内において、自己の選挙運動者である大塚唯俊に対し、同人から自己の選挙運動者である同町町会議員らに供与すべき投票獲得等の選挙運動の報酬および費用の資金として、現金一四〇、〇〇〇円を交付したものである」との訴因および罰条として公職選挙法第二二一条第一項第四号、第一号を追加し、被告人大塚唯俊に対し、昭和四二年六月一九日付起訴状記載の公訴事実中第二の一の訴因に対する予備的訴因として、「被告人大塚唯俊は昭和四二年四月二八日施行の栃木県下都賀郡藤岡町長選挙に際し、立候補した田中武吉の選挙運動者であるが、昭和四一年一一月一二日ごろ、栃木県下都賀郡藤岡町大字藤岡一、〇二二の五番地藤岡町役場内において、候補者である田中武吉から、同人が当選を得る目的で、被告人から右田中の選挙運動者である町会議員らに供与すべき投票獲得等の選挙運動の報酬および費用の資金として、手交するものであることを知りながら、現金一四〇、〇〇〇円の交付を受けたものである」との訴因および罰条として公職選挙法第二二一条第一項第四号、第一号を追加した。

当裁判所は、弁護人の控訴趣意に対し、つぎのとおり判断する。

一、高沢、妹尾両弁護人の控訴趣意第一の(一)、小林弁護人の控訴趣意第一点の一について。

所論は、被告人田中は、昭和四一年一一月一二日当時においては、翌四二年四月施行の藤岡町長選挙に立候補する意思はなく、被告人大塚の勧めに従い、同町助役であつた被告人田中の同町町議会議員らに対する年末恒例のあいさつとして、一人当り金五、〇〇〇円ずつを忘年会費用に贈ることとし、町議会議員二九名のうち、被告人大塚を除く二八名分合計金一四〇、〇〇〇円を同被告人に手交したもので、右金一四〇、〇〇〇円は、選挙運動になんらかかわりのないものである。仮に右金一四〇、〇〇〇円が選挙運動に関係のあるものとしても、被告人両名間には、公職選挙法第二二一条第一項にいわゆる「当選を得る」または「当選を得しめる」という具体的目的があつたものではなく、被告人大塚が被告人田中の将来を期待して、被告人田中に地盤固めとして町議会議員らに忘年会費用を贈ることを進言したので、被告人田中はこれを容れ、被告人大塚を除く町議会議員二八名に、忘年会費用として一人当り金五、〇〇〇円ずつを贈つたもので、被告人両名には、同条同項第一号または第四号の犯意はないものである。さらにまた、被告人田中に右町長選挙に立候補する意思があり、被告人両名に同条同項の目的があつたとしても、右金一四〇、〇〇〇円は、被告人田中が被告人大塚の献策に賛同し、町議会議員らの被告人田中に対する支持を固めておくため、被告人大塚と共謀のうえ、同被告人を除く町議会議員二八名に、一人当り金五、〇〇〇円ずつを供与することとし、被告人田中からこれを被告人大塚に託し、被告人大塚は右趣旨に従い、町議会議員関根芳市らに供与または交付したものであつて、そのうち、同被告人から右関根らに供与または交付した分は、被告人両名の共謀による右関根らに対する供与または交付であり、被告人大塚の手許に保留された分、金五、〇〇〇円は、被告人田中の被告人大塚に対する交付となるものである。しかるに右金一四〇、〇〇〇円全部について、被告人両名間の供与、受供与の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというものである。しかし、原判決が判示第一の(一)の(1) 、第二の(二)の(1) (イ)の事実について挙示した証拠に、当審の事実取調における被告人両名の公判廷における供述を総合すると、被告人田中は、昭和四一年一一月初旬ころには、多年藤岡町助役として町政に携わつて来た自己の経歴と、同町内に町長の若返りを望む声があることから、昭和四二年四月施行の藤岡町長選挙に立候補しても勝算があるものとみて立候補を決意したものであるが、当時同被告人を町長に推していた同町町議会議員であつた被告人大塚は、そのころ被告人田中が右選挙に立候補した場合に、町議会議員の支持を得られるかどうかを打診した結果、大勢の支持を得られる情勢であるとみて、被告人田中に対し、今のうちに町議会議員の支持を固めるため、議員一人当り五、〇〇〇円ずつを贈ることを提言したので、被告人田中はこれに賛同し、ここに被告人両名は、当時の町議会議員二九名のうち、被告人大塚を除く二八名に対し、被告人田中が右選挙に立候補した際、同被告人のための投票獲得等の選挙運動の報酬および費用の資金として、一人当り現金五、〇〇〇円ずつを供与することを共謀のうえ、被告人田中は、同月一二日ころ、これに要する現金一、〇〇〇円札一四〇枚計一四〇、〇〇〇円を調達し、同日ころ藤岡町大字藤岡一、〇二二の五番地所在藤岡町役場内において、自己の当選を得る目的をもつて選挙運動者である被告人大塚に対し、選挙運動者である同町議会議員らに供与すべき被告人田中のための投票獲得等の選挙運動の報酬および費用の資金として、一人当り金五、〇〇〇円ずつ二八名分の現金合計一四〇、〇〇〇円を交付し、被告人大塚は、その趣旨を知りながら右現金一四〇、〇〇〇円の交付を受けたことを認めることができる。そして被告人大塚の当公判廷における供述、当審証人関根芳市、同坂本寿四、同阿部宗一郎、同味村正市、同川田信治、同海老沼豊、同高際高徳、同坂本藤松、同大島秀治に対する当裁判所の各尋問調書、被告人大塚の検察官に対する昭和四二年六月九日付供述調書、小井沼浅吉、池沢善四郎の検察官に対する各供述調書謄本によると、被告人大塚は、被告人田中から昭和四一年一一月一二日ころ前記のとおり現金一四〇、〇〇〇円の交付を受けた後、そのころ藤岡町内において、同町町議会議員一人当り金五、〇〇〇円ずつを、議員関根芳市、神原房吉、山岸寿、海老沼豊、坂本藤松、池沢善四郎、岸本保には、自ら直接、その余の町議会議員に対しては、川田正明を除く同町藤岡地区議員六名分、金三〇、〇〇〇円を右関根芳市に、同町部屋地区議員六名分、金三〇、〇〇〇円を右神原房吉に、同町三鴨地区議員六名分、金三〇、〇〇〇円を右山岸寿に、同町赤麻地区議員小井沼浅吉の分、金五、〇〇〇円を右海老沼豊に、同地区議員高際高徳の分、金五、〇〇〇円を右坂本藤松に託し、それぞれ被告人田中から年末あいさつの贈り金であるとして贈り、藤岡地区議員川田正明に対する分の金五、〇〇〇円は、自己の手許に保留したものであり、その後藤岡地区議員秋葉正信、大出益次郎の二名に対する分、金一〇、〇〇〇円は、関根芳市から被告人大塚自ら渡すように云われて返されたので、被告人大塚自ら直接右秋葉、大出に対し前同様被告人田中からの年末あいさつの贈り金であるとして贈り、翌年同町町長選挙の近づいたころ右岸本保は右金五、〇〇〇円を被告人大塚に返したものであることが認められるのである。以上のように被告人両名間に藤岡町町議会議員二八名に対する金銭供与の共謀が成立し、被告人田中から、自己の当選を得る目的をもつて、選挙運動者である被告人大塚に対し、選挙運動者である同町議会議員らに供与すべき被告人田中のための投票獲得等の選挙運動の報酬および費用の資金として現金一四〇、〇〇〇円を交付し、被告人大塚は、その趣旨を知りながら、その交付を受けたことが認められる場合において、被告人大塚がその交付の趣旨に従い、右現金を町議会議員らに供与または交付し、それによつて被告人両名の共謀による供与または交付が成立するときには、先の交付、受交付罪は、後の供与罪または交付罪に吸収され、独立の犯罪を構成しないものと解すべきであるが、後の供与罪または交付罪に吸収されることとなるには、後の供与罪または交付罪について訴訟上の障碍、または責任阻却事由が存在しないことを要するのであつて、訴因制度を採る現行刑事訴訟法の下においては、後の供与罪または交付罪について訴因が提起され、かつ責任阻却事由がなく、有罪の認定をすることができる場合でなければならないものと解するを相当とする。これを本件についてみるに、被告人両名の共謀による町議会議員らに対する金銭供与または交付については、検察官から訴因の追加はなく、また記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、被告人大塚と町議会議員らとの間の右現金の授受が、被告人田中のための投票獲得等の選挙運動の報酬および費用の資金の趣旨の下になされ、被告人両名の共謀による町議会議員らに対する供与または交付にあたるものと認めることはできないのである。したがつて、被告人田中の被告人大塚に対する右現金一四〇、〇〇〇円の交付は、所論のように被告人両名の共謀による町議会議員らに対する供与または交付に吸収され、交付罪として成立しなくなるものではなく、所論引用の昭和四一年七月一三日の最高裁判所大法廷判決は、後の供与行為までが訴因として提起され、現実の審判が可能な場合に関するものであり、供与罪として訴因が提起されないときは、その共謀者間の金銭の交付、受交付を処罰できないものとする趣旨を含むものとは解されない。されば、前記のように被告人両名の間には、右現金一四〇、〇〇〇円について交付、受交付が成立することとなるのであるから、原判決がこれについて被告人両名間に供与、受供与が成立するものと認定したのは、事実を誤認したものであり、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、結局理由がある。

二、高沢、妹尾弁護人の控訴趣意第一の(二)、小林弁護人の控訴趣意第一点の二について。

所論は、被告人田中は、原判示第一の(一)の(2) 掲記の日時場所において、阿部宗一郎に対し山岸寿、味村正市、川田信治に金一〇、〇〇〇円ずつ供与することを依頼して現金三〇、〇〇〇円を渡し、右阿部はその直後、右味村、山岸に金一〇、〇〇〇円ずつを供与し、残余の金一〇、〇〇〇円は、右川田信治に供与することを依頼して右味村に渡したものであるから、被告人田中と右阿部の共謀による右味村、山岸に対する金一〇、〇〇〇円ずつの供与、右味村に対する金一〇、〇〇〇円の交付となるのに、原判決が被告人田中の阿部に対する金三〇、〇〇〇円の交付と認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認であるというものである。

よつて按ずるに、原判決が判示第一の(一)の(2) の事実について挙示した証拠によると、被告人田中は、藤岡町三鴨地区の町議会議員のうち、自己を支持する阿部宗一郎、味村正市、山岸寿、川田信治の四名に、自己のため投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として金一〇、〇〇〇円ずつを供与しようと考え、昭和四二年三月上旬ころ藤岡町都賀一、五一五番地味村正市方に至り、居合わせた阿部宗一郎、山岸寿、味村正市に対し前記選挙運動を依頼し、味村方を立ち去るに際し、阿部宗一郎を味村方庭先に呼び出したうえ、同人に対し前記選挙運動の報酬等として同人および右山岸、味村の三名に金一〇、〇〇〇円ずつを供与するほか、右川田信治にも同様に供与する趣旨で一〇、〇〇〇円札四枚合計四〇、〇〇〇円を手渡したので、阿部宗一郎は、その趣旨を認識してこれを受け取り、自己に対する分として現金一〇、〇〇〇円を収受するとともに、被告人田中から、右山岸、味村、川田ら三名に供与する現金三〇、〇〇〇円の交付を受けたことを認めることができる。そして原判決の挙示する阿部宗一郎の検察官に対する昭和四二年五月一九日付供述調書謄本に、当審証人阿部宗一郎、同味村正市、同川田信治に対する当裁判所の各尋問調書、山岸寿の検察官に対する供述調書謄本によると、阿部宗一郎は、被告人田中から前記のように現金三〇、〇〇〇円の交付を受けた後、交付の趣旨に従い、直ちに同町都賀の朝日屋において、被告人田中からの前記選挙運動の報酬等であると云つて右山岸寿、味村正市に金一〇、〇〇〇円ずつを供与し、味村には、被告人田中から川田信治に供与する前同趣旨の金一〇、〇〇〇円を託して交付したことを認めることができるので、被告人田中が阿部に交付した右金三〇、〇〇〇円のうち、金一〇、〇〇〇円ずつについて、被告人田中と阿部の共謀による右山岸、味村に対する各供与、味村に対する交付が認められないわけではない。しかし、既に弁護人の論旨に対する判断一において説示したとおり、裁判所は、検察官の提起した訴因に制約され、その限度において事実を認定し、犯罪の成否を論じなければならないのであるから、検察官が原判示第一の(一)の(2) の事実と同旨の被告人田中の阿部に対する現金三〇、〇〇〇円の交付という交付罪の訴因をもつて、公訴を提起し、原判決がその限度において右交付の事実を認定したことが明らかな本件においては、被告人田中の右交付が、被告人田中と阿部の共謀による山岸、味村に対する各供与、味村に対する交付に吸収されるについて訴訟上の障碍がある場合にあたり、吸収されることとならないのである。したがつて、原判決の右交付の事実の認定には、所論のような誤認はなく、論旨は理由がない。

三ないし八<省略>

九、高沢、妹尾弁護人の控訴趣意第一の(六)、小林弁護人の控訴趣意第一点の一一について。

所論は、被告人田中は、原判示第一の(四)の日時場所において、山士家勇寿に対し選挙運動の報酬等として現金一〇、〇〇〇円を供与したほか、水戸部光雄に供与されたいとして現金一〇、〇〇〇円を渡し、山士家勇寿は、これを了承して受け取り、即日水戸部光雄に供与しているものであるから、被告人田中と右山士家が共謀して右金一〇、〇〇〇円を水戸部光雄に供与したものである。しかるにこの水戸部光雄に供与すべき金一〇、〇〇〇円について、被告人田中の山士家勇寿に対する交付(原判決に供与とあるのは、交付の誤記ならん)と認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというものである。

原判決が判示第一の(四)の事実摘示において、被告人田中が、山士家勇寿に対し買収資金として現金一〇、〇〇〇円を供与したと判示しているのは、所論のように買収資金として現金一〇、〇〇〇円を交付したと判示すべきを供与と誤記したものであることは、判文上明らかである。そして原判決が判示第一の(四)の事実について挙示した証拠に、当審証人山士家勇寿、水戸部光雄に対する当裁判所の各尋問調書、水戸部光雄の検察官に対する供述調書謄本によると、被告人田中は、昭和四二年四月二五日ころ前記自宅に来訪した選挙運動者である山士家勇寿に対し、自己のため投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として、同人および水戸部光雄に金一〇、〇〇〇円ずつ供与する趣旨で一〇、〇〇〇円札二枚計二〇、〇〇〇円を手渡したので、山士家勇寿は、その趣旨を認識してこれを受け取り、自己に対する分として現金一〇、〇〇〇円を収受するとともに、被告人田中から右水戸部に供与する現金一〇、〇〇〇円の交付を受け、即日右交付の趣旨に従い、藤岡町大前、水戸部光雄方に至り、同人に対し被告人田中からの前記趣旨の現金であると告げて、右金二〇、〇〇〇円のうちの一〇、〇〇〇円を供与したことを認めることができるのであつて、被告人田中が山士家勇寿に交付した右金一〇、〇〇〇円については、所論のように被告人田中と山士家の共謀による水戸部に対する供与が認められないわけではない。しかし、既に弁護人の論旨に対する判断一および二において説示したとおり、検察官が原判示第一の(四)の事実と同旨の被告人田中の山士家に対する現金一〇、〇〇〇円の交付という交付罪の訴因をもつて公訴を提起し、原判決がその限度において右交付の事実を認定したことが明らかな本件においては、被告人田中の右交付は、被告人田中と山士家の共謀による水戸部に対する供与に吸収されるについて、訴訟上の障碍がある場合にあたり、吸収されることとならないのである。したがつて、原判決の右交付の事実の認定には、所論のような誤認はなく、論旨は理由がない。

一〇、高沢、妹尾弁護人の控訴趣意第一の(七)、小林弁護人の控訴趣意第一点の一二について。

所論は、原判決が被告人大塚の関根芳市に対する交付と認定した判示第二の(二)の(2) の(イ)の一〇、〇〇〇円は、被告人大塚が、被告人田中から預つた二〇、〇〇〇円を、関根芳市に対し坂本寿四にも半分渡してくれと云つて渡したもののうちの一〇、〇〇〇円で、関根芳市は、これを了承して受け取り、そのうちの一〇、〇〇〇円は自ら収受し、その余の一〇、〇〇〇円は直ちに坂本寿四に渡したものであるから、右関根が右坂本に渡した一〇、〇〇〇円は、被告人大塚と右関根が共謀のうえ右坂本に供与したものであるのに、これを被告人大塚の右関根に対する交付と認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというものである。

よつて按ずるに、原判決が判示第二の(二)の(2) の(イ)の事実について挙示した証拠に、当審証人関根芳市、同坂本寿四に対する当裁判所の各尋問調書を総合すると、被告人大塚は、昭和四二年四月一六日ころ藤岡町大前一、三六四番地被告人田中方において、選挙運動者である関根芳市に対し、被告人田中のため投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として、同人および坂本寿四に金一〇、〇〇〇円ずつ供与する趣旨で一〇、〇〇〇円札二枚計二〇、〇〇〇円を手渡したので、関根芳市は、その趣旨を認識してこれを受け取り、自己に対する分として現金一〇、〇〇〇円を収受するとともに、被告人大塚から右坂本に供与する現金一〇、〇〇〇円の交付を受け、即日右交付の趣旨に従い、前記被告人田中方に来合わせた坂本寿四に対し、被告人大塚からの前記趣旨の現金であると告げて、右金二〇、〇〇〇円のうちの一〇、〇〇〇円を供与したことを認めることができるので、被告人大塚が関根芳市に交付した右金一〇、〇〇〇円については、所論のように被告人大塚と関根芳市の共謀による坂本寿四に対する供与が認められないわけではない。しかし、既に弁護人の論旨に対する判断一および二において説示したとおり、検察官が原判示第二の(二)の(2) の(イ)の事実と同旨の被告人大塚の関根に対する現金一〇、〇〇〇円の交付という交付罪の訴因をもつて公訴を提起し、原判決がその限度において右交付の事実を認定したことが明らかな本件においては、被告人大塚の右交付は、被告人大塚と関根芳市の共謀による坂本寿四に対する供与に吸収されるについて、訴訟上の障碍がある場合にあたり、吸収されることとならないのである。したがつて、原判決の右交付の事実の認定には、所論のような誤認はなく、論旨は理由がない。

一一、高沢、妹尾弁護人の控訴趣意第一の(八)、小林弁護人の控訴趣意第一点の一三について。

所論は、昭和四二年四月一六日被告人田中方において、石川藤九郎が、町田勇蔵に対し、被告人大塚を含む藤岡町赤麻地区の町議会議員六名に金一〇、〇〇〇円ずつ供与することを提案し、町田勇蔵、被告人大塚の賛成を得て、町田から受け取つた一〇、〇〇〇円札六枚計六〇、〇〇〇円を被告人大塚に渡したので、被告人大塚は、被告人田中方に居合わせた赤麻地区議員海老沼豊、小井沼浅吉、坂本藤松の三名に金一〇、〇〇〇円ずつ供与したほか、同地区議員高際高徳に供与する金一〇、〇〇〇円は右坂本に託し、同地区議員池沢善四郎に供与する金一〇、〇〇〇円と自己の分一〇、〇〇〇円を手許におき、翌一七日右池沢に右金一〇、〇〇〇円を供与したものであるから、原判示第五の(一)、(二)の供与および交付は、共謀者の単一意思によつて行なわれた包括一罪であり、また右坂本は、翌一七日右金一〇、〇〇〇円を高際高徳に供与しているものであるから、この一〇、〇〇〇円は、被告人大塚らと坂本藤松が共謀のうえ高際高徳に供与したものである。しかるに被告人大塚らの海老沼豊らに対する各供与、坂本藤松に対する供与、交付を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというものである。

しかし原判決が判示第五の(一)、(二)の事実について挙示した証拠に、当審証人坂本藤松、同高際高徳に対する当裁判所の各尋問調書を総合すると、被告人大塚は、昭和四二年四月一六日前記被告人田中方において、石川藤九郎、町田勇蔵と共謀のうえ、居合わせた選挙運動者である藤岡町赤麻地区の町議会議員海老沼豊、同小井沼浅吉、同坂本藤松に対し、被告人田中のため投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として右三名に一〇、〇〇〇円札一枚ずつを各別に供与したほか、同日前記被告人田中方に居合わせなかつた選挙運動者である同地区議員高際高徳に供与する一〇、〇〇〇円札一枚を右坂本藤松に託して交付し、翌一七日右高際高徳と同じく、前日海老沼豊らに供与する際に居合わせなかつた選挙運動者である池沢善四郎に対し、藤岡町赤麻一、七四〇番地藤岡町農業協同組合敷地内において、前同趣旨の依頼をし、その報酬等として一〇、〇〇〇円札一枚を供与したものであり、右坂本藤松は、前同日右交付の趣旨に従い、同町赤麻、高際高徳方に至り、同人に対し被告人大塚からの前記趣旨の現金として右一〇、〇〇〇円札一枚を供与したことを認めることができるのであつて、被告人大塚らの右海老沼豊、小井沼浅吉、池沢善四郎に対する各金銭供与、坂本藤松に対する金銭供与、交付は、いずれも各別になされた供与、または供与、交付の所為であつて、これを所論のように単一意思に基く包括一罪を構成する所為とは認められない。また前記認定事実に徴すれば、被告人大塚が坂本藤松に交付した右金一〇、〇〇〇円については、所論のように被告人大塚らと坂本藤松の共謀による高際高徳に対する供与が認められないわけではないが、既に弁護人の論旨に対する判断一および二において説示したとおり、検察官が原判示第五の(一)の(3) の事実と同旨の被告人大塚らの右坂本に対する現金一〇、〇〇〇円の交付という交付罪の訴因をもつて公訴を提起し、原判決がその限度において右交付の事実を認定したことが明らかな本件においては、被告人大塚らの右交付は、被告人大塚らと右坂本の共謀による高際高徳に対する供与に吸収されるについて訴訟上の障碍がある場合にあたり、吸収されることとならないのである。したがつて、原判決の右交付の事実の認定には、所論のような誤認はない。論旨は、理由がない。

一二、高沢、妹尾弁護人の控訴趣意第一の(九)について。

所論は、原判決の認定した被告人大塚らの判示第六の(一)ないし(三)の供与は、被告人大塚と石川藤九郎、高際金七が共謀のうえ、単一の意思の下に行なつた行為として包括一罪を構成するものであるのに、これを各別の数罪が成立するものと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというものである。

しかし、原判決が判示第六の(一)ないし(三)の事実について挙示した証拠によると、被告人大塚は、石川藤九郎、高際金七と共謀のうえ、被告人田中に当選を得しめる目的で、昭和四二年三月一五日ころ原判示第六の(一)の片柳一男方において、選挙運動者である同人に対し、原判示第六の(二)の佐山新作方において、選挙運動者である同人に対し、原判示第六の(三)の柳田忠次郎方において、選挙運動者である同人に対し、それぞれ原判示趣旨の依頼をし、その報酬等として現金一〇、〇〇〇円ずつを供与したことを認めることができるのであるから、被告人大塚らの右三名に対する供与は、日時、場所、受供与者を異にする各別の供与行為として各別の供与罪が成立するものであり、所論のように単一の犯意に基く所為として包括一罪を構成するものとは認められないのである。されば、原判決には、所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

一三、高沢、妹尾弁護人の控訴趣意第三、小林弁護人の控訴趣意第三点について。

所論は、いずれも被告人両名に対する原判決の量刑は、重きに過ぎ不当であるというものである。

そこで原審記録を精査し、当審における事実の取調の結果を勘案し、これに現われている被告人両名の年令、性格、経歴、境遇、社会的地位、本件犯行の動機、態様、犯行後の情況、その地域社会に及ぼした影響その他諸般の事情、特に被告人両名は、いずれも前科なく、多年公職に就いて社会的信用を得ていたもので、地域社会の福祉に貢献して来たものであることを考量すると、原判決の被告人両名に対する量刑は、重きに過ぎるものと認められるので、原判決の量刑不当を主張する論旨は、理由がある。

よつて、高沢、妹尾弁護人の控訴趣意第二、小林弁護人の控訴趣意第二点について判断するまでもなく、被告人両名の本件控訴は、理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条、第三八二条により、原判決中被告人両名に関する部分を破棄することとし、同法第四〇〇条但書に従い、当審において直ちに判決することができるものと認めるので、つぎのとおり判決する。

当裁判所の認定した被告人両名の罪となるべき事実は、被告人田中の原判示第一の(一)の(1) 、被告人大塚の原判示第二の(二)の(1) (イ)の事実を後記一、二のとおりの事実とし、原判示第一の(一)の(2) の、前同趣旨の依頼をなし、とあるを、自己のため投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、とし、原判示第一の(四)の、その資金として現金一〇、〇〇〇円を供与し、とあるを、その資金として現金一〇、〇〇〇円を交付し、とするほかは、原判示事実と同一であり、これに対する証拠は、原判示第一の(一)の(1) 、第二の(二)の(1) (イ)の事実の証拠として被告人両名の当公判廷における供述を加えるほか、原判決挙示の証拠のとおりである。

一、被告人田中は

(一)  未だ立候補届出前である

(1)  昭和四一年一一月一二日ころ栃木県下都賀郡藤岡町大字藤岡一、〇二二の五番地藤岡町役場内において、自己の選挙運動者である被告人大塚唯俊に対し、同人から自己の選挙運動者である同町町議会議員らに供与すべき投票獲得等の選挙運動の報酬および費用の資金として、現金一四〇、〇〇〇円を交付し、

二、被告人大塚は

(1) (イ)判示第一の(一)の(1) 掲記の日時場所において、右田中武吉から同人が当選を得る目的で、被告人大塚から右田中の選挙運動者である町議会議員らに供与すべき投票獲得等の選挙運動の報酬および費用の資金として手交するものであることを知りながら、現金一四〇、〇〇〇円の交付を受け、

法律に照らすに、被告人田中武吉の原判示所為中、第一の(一)の各金銭供与の点は、公職選挙法第二二一条第一項第一号に、各金銭交付の点は、同法第二二一条第一項第五号に、事前運動の点は、同法第二三九条第一号、第一二九条に、原判示第一の(二)ないし(四)の各金銭供与の点は、同法第二二一条第三項第一号、第一項第一号に、(四)の金銭交付の点は、同法第二二一条第三項第一号、第一項第五号に各該当するところ、原判示第一の(一)の(2) の供与、交付、(3) の関根芳市に対する供与、交付は、いずれも包括して各同法第二二一条第一項第一号、第五号に該当する所為であり、その余の原判示第一の(一)の供与、交付とともに、事前運動の所為との間に、一個の行為にして数個の罪名に触れる関係があるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、金銭供与の罪、金銭交付の罪または金銭供与、交付の罪により処断することとし、原判示第一の(四)の供与、交付は包括して公職選挙法第二二一条第三項第一号、第一項第一号、第五号に該当する所為であり、いずれも所定刑中禁錮刑を選択し、以上は、刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、最も重いと認める原判示第一の(二)の所為の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で、被告人田中を禁錮一年に処し、被告人大塚の原判示所為中、第二の(一)、(二)の(1) (ロ)の各金銭受供与の点は、公職選挙法第二二一条第一項第四号、第一号に、(二)の(1) (イ)の金銭受交付、(二)の(2) (イ)の金銭交付の点は、同法第二二一条第一項第五号に、(二)の(2) (イ)、(ロ)の金銭供与の点は、同法第二二一条第一項第一号に、第五、第六の各金銭供与の点は、同法第二二一条第一項第一号、刑法第六〇条に、第五の(一)の金銭交付の点は、同法第二二一条第一項第五号、刑法第六〇条に、事前運動の点は、公職選挙法第二三九条第一号、第一二九条、原判示第五、第六の所為については、さらに刑法第六〇条に各該当するところ、原判示第二の(二)の(2) (イ)の供与、交付、第五の(一)の坂本藤松に対する供与、交付は、いずれも包括して同法第二二一条第一項第一号、第五号に該当する所為であり、その余の原判示第二の(二)の(2) の金銭供与、原判示第五、第六の金銭供与とともに、事前運動の所為との間に、一個の行為にして数個の罪名に触れる関係があるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により金銭供与の罪または金銭供与、交付の罪により処断することとし、いずれも所定刑中禁錮刑を選択し、以上は、同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、最も重いと認める原判示第二の(二)の(1) (イ)の所為の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で、被告人大塚を禁錮一年六月に処し、情状右刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二五条第一項により、この裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予することとし、同被告人が供与を受けた原判示第二の(一)、(二)の(1) (ロ)の各金一〇、〇〇〇円計金二〇、〇〇〇円、交付を受けた第二の(二)の(1) (イ)の金一四〇、〇〇〇円のうち、同被告人が手許に保留した金五、〇〇〇円以上合計金二五、〇〇〇円は、全部没収することができないので、公職選挙法第二二四条により、同被告人から金二五、〇〇〇円を追徴すべく、当審における訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、主文掲記のとおり被告人らに負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田作穂 堀義次 金子仙太郎)

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